パーキンソン病Parkinson’s disease
パーキンソン病は、中脳黒質のドパミンを産生する神経が障害されることによって、運動障害を生じる疾患です。
50歳以上でかかることの多い病気で日本人の1000人に1人ぐらいの有病率とされますが、実際には60歳をすぎると100人に1人がパーキンソン病になるだろうと推定されています。高齢化も加わり、今後20年間に全世界のパーキンソン病患者さんは倍に増えると考えられています。
原因
原因はまだわかっていません。異常なタンパク質が脳内に凝集することで神経細胞が壊れてくる可能性が指摘されています。脳や脊髄、末梢神経などあちこちの神経細胞が壊されますが、特に中脳の黒質という部分が壊されることでさまざまな運動障害が起こります。生まれつきの体質が発症に関係すると考えられますが、遺伝するパーキンソン病は5~10%と少数です。パーキンソン病になったとき、遺伝を心配されるかたもいます。身内にパーキンソン病の患者さんがいなければ、遺伝するという心配は無用かもしれません。
運動の命令は、単純に手足の筋肉を動かすわけではありません。非常にたくさんある筋肉のうちどこの筋肉をどのように動かすか、基底核というコンピューターで計算され細かく決定されます。それが大脳皮質に戻り、ひとつひとつの筋肉をどのように動かすかの命令があらためて発信されます。
中脳黒質は基底核というコンピューターの動作を助ける働きをしています。このため中脳黒質が壊れると基底核の働きが落ちてしまい、手足をスムーズに動かす計算ができなくなります。これがパーキンソン病の運動症状を引き起こします。
運動症状
パーキンソン病の運動症状は、以下の4つが診断の上で重要です。
① 安静時振戦
なにもしていないときにみられる手足のふるえで、なにかを持つ(コップを持つ、鉛筆を持つ)などの動作で消失すること、左右差があることが特徴です。座ってじっとしているとき、歩いているときに、片手あるいは片足だけがカタカタとふるえるのが特徴です。
② 筋固縮
関節の動きが固くなることです。ただし自分で感じることはありません。医師などが手首や肘を持って曲げたり伸ばしたり動かすことによって、医師が感じる硬さです(専門の医師でないと見分けることがやや難しい症状です)。
③ 無動・寡動・動作緩慢
動きがにぶくなり、少なくなることです。動作がゆっくりになります。歩くスピードが遅くなります。顔面に無動が起こることで表情が乏しくなります(仮面様顔貌)。着替えやボタンを止める動作などが遅く下手になります。
④ 姿勢反射障害
姿勢を崩したときに立て直すことができなくなり、転びやすくなります。診察の場では立った状態で後ろに引かれたときに、よろけて転びそうになるかどうかを見ます。
これら4つの症状をもとに
- 細かい動作ができなくなる
- 歩行障害:小刻みな歩幅になり転びやすくなる、最初の一歩がすくんで出づらい、腕の振りがなくなる
- 姿勢が前かがみになったり、左右の一方に傾いたりする
- ベッドから起き上がるのが大変で時間がかかる
- 小声になる、書字が小さくなる
といった運動障害が出現します。
診断
パーキンソン病はドパミンを産生する中脳黒質が壊れることにより、基底核でのドパミンが低下しています。これが運動症状を引き起こしているので、足りないドパミンを補充することが治療になります。パーキンソン病の大切な特徴は、ドパミン製剤が有効で、上記のような運動障害が改善することです。①~④のような症状がみられ、その症状が薬を飲むことで軽くなったとき、はじめてパーキンソン病と診断します。パーキンソン病とそっくりな特徴があってもドパミン製剤が効かないときは、パーキンソン病ではないんじゃないかと疑います。
パーキンソン病とそっくりな症状がありながらドパミン製剤が無効であるときは、パーキンソン症候群とよばれます。パーキンソン症候群には、多系統萎縮症、進行性核上性麻痺、大脳皮質基底核変性症や脳血管障害といった多くの疾患があり、MRIなどをおこなって慎重に調べてゆきます。
運動障害以外の症状
パーキンソン病の症状は運動障害だけではありません。中脳の黒質以外の神経も障害されてくることがわかっており、病気とともにさまざまな症状が出現します。よく見られる症状は以下のようなものです。
- 便秘:
パーキンソン病患者さんの90%以上でみられる症状です。パーキンソン病の運動障害がみられる以前から便秘になる方もたくさんいます。 - 頻尿:
夜間にトイレが近くなってしまう症状も多く見られます。 - たちくらみ・失神:
少し運動障害が進んだ方に時々見られる症状で、立ち上がったときに血圧が急激に下がってしまうための脳貧血です。 - 発汗過多:
特に夏場は汗の量がとても多くなります。1日に何度もシャツを着替えるようになります。 - レム睡眠行動障害:
夢をみていて大声で叫んだり、手足を動かしてしまう症状です。(通常は、夢をみているとき大声を出したり動いたりはできない) - 痛み:
前傾姿勢などの姿勢異常や脳内のドパミンの低下などにより、パーキンソン病では腰痛や膝痛をはじめとするあちこちの痛みを感じやすくなっています。 - 認知障害:
運動障害が進行して重篤となった頃、認知障害も出現しやすくなります。多くの場合はレビー小体型認知症と同様の認知障害で、幻覚がでやすかったり、症状が変動しやすかったりという特徴があります。
治療
パーキンソン病の治療の基本はお薬による治療です。
L-DOPA(レボドパ製剤):レボドパ・カルビドパ、レボドパ・ベンゼラシド
最も有効な治療薬です。これは効果が確実であることや、幻覚が他の抗パ剤に比して少ないことから高齢者にも使いやすく安全です。しかし薬を使い初めて5年ぐらいしてくると、ジスキネジア、ウェアリングオフと呼ばれる副作用が生じてきます。この副作用を和らげるためにはL-DOPAの使用量が増えすぎないように調節することが必要になってきます。そのために他のお薬の併用がすすめられます。
(ジスキネジア:薬が効きすぎて身体が勝手に動いたり揺れたりしてしまいます)
(ウェアリングオフ:薬の効果が早くきれてしまう現象です。L-DOPAを飲むと動けるけど、2-3時間経つと効果が切れてまた動けなくなってしまう)
ドパミン受容体刺激薬:ロピニロール、プラミペキソール、ロチゴチン など
ドパミンではないけれどドパミンと似た化学構造を持っていることから、ドパミンのフリをして脳を働かせるクスリです。
L-DOPAのようなウェアリングオフという副作用が出ない、L-DOPAが無効なふるえにも効く、うつや痛みに対する効果も期待できるなど、とても有用な薬です。それほど症状が強くないときは、発症の早期から使うことも勧められている有用かつ安全な薬です。しかし突発性睡眠という副作用のため車の運転にリスクがあります。突然眠ってしまい追突事故などを起こしてしまうことがありますので注意してください。また衝動性障害とよばれる「なにかしたい、やめられない」という衝動が抑えられなくなる副作用が出現することもあります。
MAO-B阻害剤:セレギリン、ラサギリン、サフィナミド
脳内でのドパミンが分解・消失することを抑えて、働くドパミンの量を増やすクスリです。L-DOPAに加えると効果は劣りますが、安全なお薬で、L-DOPAを使うほどでないときは早期から使われることもあります。
抗コリン薬:トリヘキシフェニジルなど
ドパミンが減ることによって逆に増えるアセチルコリンの働きを阻害します。ふるえに特に有効ですが、口渇や便秘が副作用としてあります。また認知機能に影響を与えて集中・注意力の低下やものわすれの原因になることがありますので、高齢者では特に注意が必要です。
COMT阻害薬:エンタカポン、オピカポン
L-DOPAが血液中から脳内に移行する前に分解してしまう酵素COMTを阻害することで、脳内に入り込むL-DOPAを増やしてくれるクスリです。この薬を単独で使っても効果はなく、L-DOPAと同時に使うことで脳の中に入り込むL-DOPAが増え、脳内の濃度が安定します。特にウェアリングオフを改善するために使われます。
塩酸アマンタジン
インフルエンザの治療用に開発されたクスリですが、パーキンソン病に有効です。効果は弱めですが副作用が少なく、ジスキネジアにも有効な場合があります。
ゾニサミド
もともとてんかんのクスリですが、パーキンソン病の振戦やオフ時間の改善に有効です。レビー小体型認知症のパーキンソン症状にも使われるなど、認知障害があっても比較的安全に使用できるクスリです。
イストラデフィリン
ドパミン直接ではなく、アデノシンという物質の働きを抑えることで基底核の働きを助けます。他のクスリでもウェアリングオフがコントロールできないとき、次の一手としてオフ時間の短縮に有効です。
ドロキシドパ
ノルアドレナリンの前駆物質で、すくみ足に有効な場合があります。血圧を上げる作用もあり、起立性低血圧(たちくらみ)のときにも使用されます。
このようにたくさんのパーキンソン病のお薬があり、その病期・状態に応じて使い分けをします。
しかし病気が進行しウェアリングオフやジスキネジアなどの副作用がひどくなったとき、お薬のみではコントロールが難しくなります。このようなときは、脳内に電極を埋め込んで基底核の働きを調整する脳深部刺激療法(DBS)が有効です。最近では食事摂取とは関係なく胃瘻を増設し、小腸からL-DOPAを持続注入するレボドパ・カルビドパ経腸療法(LCIG)が行われることもあります。
パーキンソン病の公的支援制度
L-DOPA以外のパーキンソン病のお薬はほとんどが高価なお薬です。症状がすすんでお薬の値段が高くなってしまったときは助成制度が受けられる可能性があります。主治医に相談してみましょう。
難病医療費助成制度
パーキンソン病の診断が確実で、中等度程度に症状が進んだ方、あるいは軽度であっても医療費総額が33,330円(10割負担とした場合)を超える月が年間3回以上あれば助成の対象となります。
パーキンソン病と診断されたら
パーキンソン病は現在の医療で治らない病気ではありますが、決して恐ろしい病気ではありません。適切なタイミングでお薬を使うことで症状を軽くして、いままでと同じような日常生活ができます。ただし症状を完全に取り去ることは困難ですので、病気と上手につきあうことも必要です。年齢とともにひとはさまざまなものを背負ってゆくことになる、そのひとつがパーキンソン病です。パーキンソン病を自分自身の一部として取り入れて、人生を楽しみましょう。是非われわれ脳神経内科医に、そのお手伝いをさせてください。